反応取る、「じ」。

じ、それは「じじつ」を見つける。
じじいを見つけるではありません。
・・・すっかりわたしはじじいになりつつありますが。

さて、見つけるのは「事実」。
つまり、人でも製品でも企業でも、それを語る前にしっかり取材ができているか、
その価値をしっかり理解しているか、聞き出せているか、です。

オリエンシートだけですませない。食べられるものなら食べてみる、
行けるところなら行ってみる、人間なら本音をたっぷり聞き出してみる。

それがないと、うわっつらな表現になり、まず間違いなく届きません。
製品を誉めればクライアントはOKしてくれるでしょうが、
効果が出ても偶然だったり奇跡だったり。

たとえば、以下は聞いた話ですが。
海外旅行情報誌、編集担当が情報不足を実感。
ふらっと週末、自費で、現地に飛んで自分で確認してくる。

モーターサイクルの広告担当になり、
二輪免許を持っていなかったそのコピーライターは、
結局、免許を取ってしまった。

もちろん、すべての商品で行えることではありません。
けれど、製品や人やサービスに近づこうとする意識や気概、
大切ではないでしょうか。

事実が見つかれば、表現は「刺身」でいいのですから。
新鮮に、そのままに、素材を生かせばいいわけです。

ちなみに、わたしも一時、住宅のWEBの仕事が多かったとき、
「そういえばテラスハウスを経験していない」、と考えて引っ越しました。

・・・寝ぼけて階段から転げ落ちてあばらを折って、
一人暮らしに向かないことを知りました。

では、また。

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反応を取る、「き」。

WEBでも紙でも、コンテンツの反応を取るには。
その1は、「き」はくをこめる。
つまり、気迫を込める、です。

なんだ精神論か、というなかれ。
やっぱり、なんとか伝えたい、わかってほしい、という気持ちって、
誌面からにじみ出てくるものなんです。

もう、これでもか、これでもか、と写真のキャプションを書き加えたり、
飾り罫もよく見ると写真の残ポジ、捨てカットだったりする。

なんだか暑っ苦しい雰囲気ですが、
どうしても見入ってしまう、つられてしまう。

ずいぶん昔、ゼクシィで効果が出る誌面が、そうしたものでした。
最近では、部数を復活させたHanakoの編集長が、
たしか気迫ということばを使っていた記憶があります。

こんなもんかな、とサクサク流して作ったものなんて、
WEBや誌面、コピーやデザインに限らず、何も感じない。

これは確かだと思います。

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反応を取るサシスセソ。

料理のことではありません。

ここ10年、いやそれ以上、どうやったら読者の反応が取れるのか。
ハガキを書いて出してくれるのか。電話をかけてくれるのか。
そもそも、ちゃんと読んで好意的に受け止めてくれるのか。

そんな広告や編集制作における、試行錯誤を繰り返してきました。
中でもコピーライティングにおける戦い、ライティングのファイティング?
をずっと行ってきました。

ある時は成果が上がりすぎて、お客さまが返信用のツールを増刷。
思わぬ予算がかかって、なぜか怒られたり(笑)

一方で、お客さまが電話受付担当者を増やして待ていたのに、
ほとんど問い合わせが来ず、お詫びにいったり。

なぜ、そうした結果が起こるのか、
少なくとも「文章(コピー)の書き方」において、
確信できる法則が見つかりました。

・・・詳細は、また次回ということで。

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ほろびる理由。

不動産会社の倒産も一服?したようですが、
マンションのたたき売りはまだ続いているとか。

実は、私の実家があったマンションを建てた会社も、
この前、倒産してしまいました。

リーマンショックとか世界同時不況とか、
「大きな原因」は否定できないと思います。

でも、その会社に限っていえば、それだけではないという気がしています。
私がまだ20代の頃、その会社が建てた物件に親と住んでいたのですが、
問題の多い等価交換。

元の地主が大家気取りで、分譲で入居した人とぶつかってばかり。
バイクを止めていた私とは天敵同士、犬猿の仲で、
「ここに止めるな」「管理会社は良いと言った」と、争いばかりしてました。

そう、管理会社か分譲会社かどちらか忘れましたが、
いい加減だったんです。

図面を見ても自転車置き場が現状と違うので、
分譲会社の本社に事の経緯をただしに行ったことも。

そうしたら後で、「裁判しても良いですよ」と言ってきたとか。
これは後から親に聞いた話です。

たしか管理会社も料金が高かったので、管理組合で別な会社に変えたはず。

その会社、いま、ありません。
体質も多少は関係あったのでは、と、つい思ってしまいます。

ちなみに、父親が亡くなったり母親が老人ホームに入ったりで、
そこは何年も前に売ってしまいました。

結果的に助かったようです。
分譲会社が潰れると、価値が下がるとも聞きましたから。

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ブログ2.0(笑)

いつも見ているブログ界で、ちょっとした世代交代?がありました。

なんの分野かといえば、猫ブログです(=^_^=)

この分野では、「はっちゃん日記」が老舗&不動のトップでした。
(私は前身の「きみのニャは、」時代から見てました)
・・・でした、と過去形になったのは、最近、新たなチャンピオンが表れたから。

いまの人気トップは、「アメショっす!」。
http://ameshossu.blog58.fc2.com/

このふたつを見比べてみると、はっきりと表現に違いがあります。
はっちゃんのほうは、カメラマンご夫妻が運営しているだけあって、
写真の可愛らしさがメインコンテンツ。

一方のアメショは、写真の可愛らしさに加え、
人間の目線で突っ込んでいる文章や、視点の面白さがバツグン。

切り口が先にあって、それに見合う写真を選び、
ストーリーを組み立てて、文章で完結。
絵本というか、コントというか、言ってみれば仕掛けが立体的なのですね。

毎日のようにアップするの、相当、大変なはず。
でもクオリティを維持して続けているのは、
ほんと、すごいと思います。

とくにここしばらく、作者の方が方向性に確信が持てたようで、
いい意味で暴走することも。私も更新を楽しみにしてます。

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洗脳される自分。

クルマのバナー広告を見ていて、自分の変化に驚きました。

いままでだったらブランドとして一目も二目も置いていたBMWが、
どうも時代遅れに感じてしまう。

原因はどこなのかと自問自答してみたら、
「この時代にまだ、走りの爽快感や非日常感を訴えているの?」
という批判的な見方に気づきました。

・・・この時代。そう、インサイトとプリウスが戦っている、
エコカーの時代です。

2車種がよくメディアに露出していたので、
知らず知らずのうちに、ある種、洗脳されてしまっていたわけです。
エコ=先端、走り=時代遅れ、と。

もっと言えば、
BMWが変わっていないように見える、その残念さもありました。
実物は相変わらずかっこいいのですけど。

その一方で、アルファロメオのMITO(ミト)、
これはなんだか、受け入れたい。新しく感じる。
走りは謳ってもミニサイズなところが、時代にマッチしていると。

BMWにもミニの元祖、ミニがあるのですが(ややこしい?)、
ブランドが別になってるので、損している気もします。

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時代の言葉。

たくさんの人に取材をしていると、
同じ言葉を、複数の人から聞けることに気づきます。

時代の流行ことば、というのでしょうか。
ちょっと前までは「愚直」でした。

とにかく愚直にやってきただけです・・・
そんな使われ方ですね。

そして最近。
これは取材時に聞けたものではないのですが、
よく見かけるな、兆しがあるな、という言葉に気づきました。

何かといえば、「自己否定」。
言葉としてはあまり優しくないですが、
つまりはこれまでの自分に引きずられないで、変わりなさいよ、と。

勝間和代さんが週刊誌の連載で使っていたのと、
尊敬するある宗教家の方が、昔からよく使っていたのと。

使っている人の生き様を考えると、実行の難易度は相当なものです(笑)。
でも、やった人だけ、違った未来が描けそうな気配。

ただし、自分をいじめることではないですよね。
あくまで前向きに、否定する。そのバランスがコツですね、きっと。

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顔を合わせる。

研究室の真ん中に、広いスペースを作り、その回りに机を配置する。
するとトイレに立った時など、他の人の仕事も視界に入り、
みんなのコミュニケーションがはかどるようになる。

そんな話が、経済誌に載っていました。

この手法、マンションや戸建てにおける、
家族を一体化させる間取りと、まったく同じだと気づきました。

真ん中にリビングを配置して、そこを通らないと出かけられない、
自分の部屋に戻れない。

もちろん食事の時は、リビングに集合する。

家の真ん中に廊下があって、そこに面して居室のドアがあり、
家族に知られずに玄関に行けてしまう間取りの、逆です。

強制的に出会いの場を作ると人間関係がうまくいくのは、
仕事場でも家庭でも、いっしょなんですね。

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氷河期の影響?

最近、よく大学生からメールをもらいます。
新卒採用はしていないのですか、と。

現在のサイトにリニューアルしてから2年半、
以前もちらほら、そんな問い合わせはありました。

でも、今年はハッキリ、多いです。
2010年卒業らしく、けっこう、焦ってる気配も。
きっと、めぼしい広告代理店やプロダクションがダメだったのでしょう。
私のような個人事業主に連絡が来るくらいですから。

世の中の大変さが、こんなところからも、感じ取れてしまうわけですね。

ただ、ひとつだけ、苦言が。
携帯から要件だけを伝えてくるメールは論外として、
問い合わせに返事を出しても、ほぼ音沙汰無し。

返信をくれたのはたった一人だけでした。
こうした姿勢では、ああ、行く先が決まらないのも納得だな、と。

どんな企業も、その人をしっかり見てますから。

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幸運の法則。

人物の取材をしていると、「運のいい」人によく出会います。
けれど、それが単なるラッキーではなく、自分で引き寄せているな、とも感じます。

その人は、東京のある繁華街で、エスニックファッションの店を開いていました。
地下街で固定客をつかみ、優良店舗として名が知られていました。

ところが出店場所の大家さんから、「展示物がはみ出ている、ルール違反」だと
いきなりクレームをつけられ、展示を縮小せざるを得なくなったそうです。
それまで10年、何も言われなかったのに。

そこから、何かが、大きく動き出します。
困ったな、と思っていたら、「ここに新規出店しないか」とお誘いが。
今までご縁があったところなので、保証金も特に必要ないとのこと。

やった、これで「はみ出たもの」を置ける!とそこへ出店。
これが最初の幸運。

でも店員さんが不足し、募集かけても適任者があらわれない。
仕方なく、自分で、無休で2店舗を切り回していたところ、
体力的にもぎりぎりのところで、いい人材がふらっと出現。
自分でも店を出したいという思いがあり、人間的にもしっかりしている。
それが次の幸運。

ところが、新規のお店は出店場所の売り上げノルマが高く、
維持するのが大変なことが、後々、判明します。
しかしそこでも、次の幸運、新しい縁によって切り抜けられそう、とか。

あまり詳しく書けないのが残念ですが、
次々とやってくるトラブルを、見えない力に助けられて乗り越えていく。
そのシナリオは、まるで、できすぎたドラマのよう。

できすぎた、といったんは書きましたが、本当のところ、
私には必然の気がしています。

パート従業員を切らないために、自分の住まいを転居して、
家賃を下げてまで、人件費を捻出する。
ただでさえ休みがないのに、ボランティア活動を欠かさない。

そうした行いには、何かの形で幸運が返ってくる。
この人に限らず、多くの人の成功談を聞いていると、
ある一定の法則があることを確信できます。

ただし、最初から幸運を目当てにして行動しないこと。自然体であること。
そこは前提として大切のようです。

見習わねば。

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